今回の記事は、平成28年度の税制改正によって新しく導入された役職員へのインセンティブ制度である、リストリクテッド・ストック(略称RS、日本語で言うと特定譲渡制限付株式)についてです。これは役員への報酬として株式を直接付与する制度であり、海外ではすでに数年前から導入されているのですが、日本でも会社法との調整が終わり、やっと解禁となりました。
RSの主な特徴は以下のとおりです。
● 毎年の業績に応じて、経営幹部等に会社の株式を毎年付与。
● ただし付与後数年間は株式を譲渡できない期間を設ける。
● 譲渡制限期間中に一定の勤務条件に到達しない場合は没収される。
● 無事譲渡制限期間が終了したら、株式を売却して換金し、報酬として受け取れる。会社の業績が好調で株価が上昇しているほど、受け取れるキャッシュは高額になる。
● 株式付与時には給与として課税されず、譲渡制限解禁時まで課税が繰り延べられる。
RSが課税の繰り延べを受けられる要件としては、法人税法施行令第111条の2で以下のように定められています。
・発行者が、付与対象者の勤務する内国法人、もしくはその内国法人を100%直接支配する内国法人か外国法人であること。
・譲渡についての制限、譲渡制限期間が設けられていること。
・譲渡制限期間における継続勤務、勤務実績の良好性、法人業績の基準や指標の達成、などの条件があること。
これによく似たインセンティブ手法として、従来から「ストック・オプション」の制度があり、税法や会社法でも法整備が進んでいるところです。それではこの両者を比較した場合、一体どこが違うのでしょうか?
一般的には、以下のような違いがあると言われております。
@ 対象者
ストック・オプションは新株予約権の一種であるため、役員、従業員、社外協力者など、誰でも付与対象者になりえます。
ただしRSについては、「勤務報酬の支給を株式で行う」ということであるので、労働基準法の「給与の通貨払いの原則」により、従業員を対象者にすることは出来ません。また、社外の者も対象者にはならず、現状は役員のみを対象にした制度です(法人税法第54条第1項、所得税法施行令第84 条第1項)。
なお、役員であれば、完全(100%)子会社の役員にも付与することが出来ます。
A 払込金額の有無
ストック・オプションの場合、原則的には権利行使時に、行使価格×株数で株式購入金額を払い込まなければなりません。なので、行使価格よりも現実の株価が低迷している場合は、役職員は権利行使をしません。その一方で、RSは勤務報酬を株式で受け取る制度なので、付与対象者は株式の購入金額を払い込むということはなくことなく株式を受け取れます。
似たように購入金額を払い込まなくてもよいストック・オプション制度としては、役員に対する「1円ストック・オプション」があるのですが、これは退職時の役員退職慰労金として退職後数日間だけ権利行使が可能、という制度設計が一般的です。
RSは@のとおり役員のみを対象にした制度なので、この「1円ストック・オプション」と比較検討されるケースが多く見受けられます。
B 長期的な業績向上に視点を置く。
ストック・オプションの制度は、権利行使の制限期間が過ぎたら、いつでも自由に権利行使をして株式を取得することができます。なので、行使価格よりも現在の株価が高いとみるや、即座に権利行使をして株式を取得し、市場に売却する、というアクションが起きがちです。したがって、目先の株価釣り上げにつながる諸策を取り、ベストなタイミングで売り抜ける、という短期的な行動を助長する、という欠点が指摘されているところでありました。
その一方でRSは、中長期経営計画で定めた業績の達成度合いによる段階的付与や、一定の業績目標を達成したことによる譲渡制限解除などが条件として付されるので、長期的な目線での株価向上を促す効果があると言われております。
C 在任中にも配当と議決権がある。
退職後に権利行使することが前提の1円ストック・オプションの場合、退職してからでないと株式は取得できないので、在任中は配当も議決権もありません。
その一方で、RSは在任中に株式が付与され、他者への譲渡が退職時に解禁される、という設計が一般的ですので、在任中に配当を受け取る権利があり、議決権の行使もできます。
D 受け取る個人の所得税額の違い
RSは、在任中に毎年株式が付与されますので、受け取った株式の評価額が「給与所得」として課税されます。課税時期は譲渡制限の解除時期まで繰り延べられるものの、税率は総合累進課税なので、納税額はそれなりに高額になります。
その一方で1円ストック・オプションは退職所得として取り扱われますので、給与所得として扱われるRSに比較して、納税額は安くなります。
E 公正価値評価のコストについて
ストック・オプションを発行する場合は、公正価値評価などの鑑定が必要になり、制度設計にそれなりのコストがかかります。一方でRSは、市場の株価をもとに付与額を決定すればよいので、鑑定コストはほぼかかりません。
F 発行する会社の会計処理
RSも1円ストック・オプションも、対象者に無償で株式を付与する制度であり、会計上は会社が負担すべき人件費と扱われるので、両者に相違はありません。ただし、具体的な会計処理の流れでは以下の違いがあります。
まずRSの場合は、最初の段階で譲渡制限のついた株式の発行が行われます。
株式発行時:(借)長期前払費用など (貸)資本金 300
その後、毎年の対象者の役務提供・達成度合いに応じて、段階的に人件費に振り替えていきます。
1年目:(借)株式報酬費用 (貸)長期前払費用など 56
2年目:(借)株式報酬費用 (貸)長期前払費用など 87
3年目:(借)株式報酬費用 (貸)長期前払費用など 45
一方で、1円ストック・オプションの場合は、最初の段階で株式の発行はせず、純資産の部の「新株予約権」という勘定科目を積み上げていきます。
1年目:(借)株式報酬費用 (貸)新株予約権 100
2年目:(借)株式報酬費用 (貸)新株予約権 100
3年目:(借)株式報酬費用 (貸)新株予約権 100
権利行使により新株を発行した際は、以下の仕訳になります。
株式発行時:(借)新株予約権 (貸)資本金 300
従来の日本の税法では、役員報酬を期中に変動させる行為は「利益操作」とみなされ、変動部分の役員報酬が損金不算入とされる傾向がありました。しかし安倍政権になってからは、日本もグローバル化の波に逆らえず、変動報酬型の役員報酬制度が徐々に施行されつつあります。役員賞与の事前確定届出や上場会社の変動報酬に引き続き、今回RSの制度が導入されたわけです。したがって、役員報酬の税制改正は、今後も進められていくものと思われます。
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